「だからお前は現実を見ていないって言われるんだよ。現実を見るっていうのは、それこそ、期待とか希望的観測とか、先入観を除外して、ありのままに現実を見るっていうことで、これほどむずかしいことはないんだけど、そんなことに誰も気づいてないんだ。お前の作品論なんか誰も聞きたくないし、お前は誰からも期待されていないっていう事実をまず直視すべきだろう。違うか」

 

 だからお前は現実を見ていないって言われるんだよ。

 これは村上龍の短編小説の中での台詞なのだけど、昔からこの台詞がふとした瞬間に頭をよぎってしまう

作品論の部分を抜けばそのまま自分にも言われているように思えるし、実際そうかもしれないな、と感じる

本当の意味で現実を見ていなく、そして誰からも期待されていない

そういう人が世の中の大多数で、その中の一人が自分なんだろうという実感がある

 

 

「どうしてお前は誰か自分に注目してくれるなんて思えるわけ?それってただの傲慢なんじゃないの」

 小説は後にこういう台詞も出てくる

 ありとあらゆる情報が溢れてる時代に、誰からも期待されていないただの一般人が

何かを書いて、それが人に見られるなんて思うのは実際傲慢とまではいかないけれど、都合が良すぎる

そんなこと気にせずやりたいことをやりたいようにやるのがブログなのかもしれないけれど自分にはどうしてもそれが自然にできない

書き終えた瞬間に自分の本心ではないように思えて消したくなってしまう

 エモーショナルに文章を書き散らせば後で読み返して死にたくなる

この記事でさえ書くのにあり得ない時間が掛かってるし公開しては下書きに戻すのを10回くらい繰り返している

根本的に向いてないのかもしれない 

それでも書き続ければ慣れたり上達するのだろうか